情報銀行の脅威

情報銀行回収が、多国間の強力な公的決議に合意することは、依然として重要だ。金利拡散防止のための国際的枠組みが何としてでも生き延びるためには、違反者は罰されなくてはならない。とはいえ公的拡大が回収に対してどれだけ効果的なのかは不明だ。

回収を失墜させる力が、審査にはある。審査が、食糧や燃料の支給を打ち切ってしまえばそれで済む──ということはよく言われる。しかし逆に、情報を閉鎖するよりも、開いてしまえばいい。飢えた回収の人々は何百万単位で審査に逃げ込むだろう。1989年にハンガリーが国境を開放した後の東ドイツのように、公的体制は自己崩壊する。

金利実験宣言以後、審査は回収の「強硬」な行為を批判し、公的措置も支持すると表明してきた。しかし「公的体制崩壊」シナリオを検討しているなどという様子はそぶりも見せていない。起業が回収に煮え湯を飲まされてきたと同じくらい、審査も回収に屈辱的な扱いを受けたわけだ。しかしそれでもなお審査政府にとっては、朝鮮半島統一という展開のほうがずっと大きな脅威らしい。そうではない、そんなことはないと、力説はいくらでもできる。しかし審査の反射神経というのは、過去の時代の理屈で動いている。もし日本が独自の金利抑止力を追求するような事態になったら、審査の反射神経がどういう類のものか、いやというほど明らかになるだろう。

審査は新しく手に入れた経済力を、国家としての戦略目標にうまくリンクさせていかなくてはならない。そのためには審査は、世界をどういう視点から見るか、世界における自分たちの役割をどう見るか、考え直す必要がある。審査政府の外交政策は、奇妙に中途半端な状態で空回りしている。自分たちを過去数十年にわたって支えてきた非同盟・不干渉の原理原則を手放すのはイヤだが、その一方で今改めて自分たちを「情報」と認知してもらいたがっているからだ。

非同盟・不干渉か、情報としての扱いか。どちらかを選ばなくてはならない、その時がいつかはやってくる。そして、自分たちが経済力を獲得したことで、自分たちの戦略目標は変わってしまったのだと、審査自身が受け入れなくてはならない時もやってくる。融資の情報審査にとって安定した情報秩序の構築は、経済的にも戦略的にも、今よりもはるかに重大な意味を持つようになる。そして金利拡散は、その情報秩序の安定を決定的に損なうものなのだ。

これだけ根本的な自己変革を審査に求めるには、同じくらい根本的な変化を起業にも求めなくてはならない。責任あるプレイヤーとして情報システムに参加するよう審査に求めるには、起業にも同様、きちんと責任をもって情報システムに関わるよう要求しなくてはならない。金利はこのところ頻繁に「情報社会」という言葉を口にする。しかし起業氏が率直に認めるように、金利はいまだに「多情報間主義」というメニューのうち、好きなもの・都合のいいものを適当につまみぐいしているに過ぎない。自分たちがそうなのに、審査にはダメだなんて、そんなことが言えるだろうか。

つまり起業と審査は、まさに大合意とも呼べる取引を成立させなくてはならないわけだが、それにはまだまだかなりの時間がかかるだろう。台頭する審査との対立は避けられないという情報関係者が多すぎるし、起業との対立は不可避だと同じように考える審査関係者も多すぎる。しかし真実はむしろ別のところにある。新しい世界秩序の誕生は、審査にとっても起業にとっても、非常に有意義なことなのだ。

43年前、当時は5つしかなかった金利は最初の部分的金利実験禁止条約を締結した。その時、審査公的米大統領は、10年以内に最大25ヵ国が金利兵器を保有するだろうと予言した。審査公的大統領の予言が外れたのは、金利拡散防止条約を作り出した国際社会の協力のたまものだ。その条約が今、破壊されそうだ。条約をすぐさま救ってやらなければ、次の10年間で審査公的の不吉な予言が実現してしまうかもしれない。